北米版タクティクスオウガ 運命の輪 シナリオの裏側

北米版タクティクスオウガ サムネイル

このページではタクティクスオウガのシナリオのテーマについて、制作当時の裏話を交えて掘り下げてみようと思います。

若さゆえに…

タクティクスオウガのテーマに関しては、松野泰己氏は各ゲーム雑誌やゲームサイトのインタビューで、「テーマは若さゆえに、である」と答えています。実際、『タクティクスオウガ 運命の輪 公式コンプリートガイド』でのインタビューでも、

(デニムの年齢を変更したことについて)本当は23歳ぐらいにしたかったんですが、物語のテーマの「若さゆえに」の部分につながってこないので、ギリギリのラインの18歳にしました。

と答えています。確かに各チャプターのタイトル、「僕にその手を汚せというのか」「思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから」「誰も僕を責めることはできない」といった、デニムの心情をそのまま現したタイトルからも、それは納得できます。

松野氏がこうしたテーマをもとにシナリオを書いていたとき、氏は何を見聴きしていたのでしょうか。SFC版制作当時、Nifty上では、休暇を取って観に行ったという鴻上尚史氏の劇団の舞台『スナフキンの手紙』について、松野氏は次のように語っています。

1994/07/24
物語は「日本政府軍」なる公安機関と、「~戦線」「~同盟」といった革命家たちとの対立を描いた“近未来SFコメディ”です。

言いたいことを言えなかったために後悔するなんて、僕に限らず、みなさんも経験のあることだと思います。劇中ではこれを『語られなかった言葉』と呼んでいます。この『語られなかった言葉』はしごく簡単に作り出すことができるのですが(人に合わせる、我慢する、大人になる、といった行動を採りますからね)、それは本当の『語られなかった言葉』なのか?思いを伝え、採るべき行動を採ってから初めて『語られなかった言葉』が生まれるのではないのか?そもそも何の行動もせず(努力をしないとも言う)、不完全燃焼の想いだけを溜めてどうなるのか?自由に振る舞うことの許されない人々が、「パソコン通信」や「前世」といった最近話題になっているキーワードをエッセンスに、このオーソドックスなテーマを語っていきます。

僕は『スナフキンの手紙』に関しては観たことがないので実際のところどうなのかというのは分かりませんが、松野氏の説明を読む限りではタクティクスオウガやその後松野氏が制作したゲームに関連するキーワード、あるいはテーマ性というものがここから薄っすらと読み取れはしないでしょうか。

タクティクスオウガの原点を知りたいという人は、SFC版制作当時、松野氏が影響を受けたと思われる作品に触れてみるとよいかもしれません。

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